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広島高等裁判所松江支部 昭和30年(ネ)82号 判決 1957年12月18日

控訴人(原告) 上原宇一朗

被控訴人(被告) 鳥取県人事委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は(1)原判決を取消す。(2)被控訴人が昭和二八年一二月九日附を以て控訴人に対してなした受鳥人委第二五〇号「昭和二八年一一月一六日附で提出された再審請求書は再審を請求する事由に該当しないものと認め、これを却下する」との再審請求却下の判定はこれを取消す。(3)右請求の理由がないときは、被控訴人が昭和二八年五月二五日附を以て控訴人に対してなした「人事委員会は教育委員会が県立日野高等学校講師上原宇一朗を昭和二七年四月一日に遡り教諭に任用し、九級一〇号俸を支給した処置を妥当と認める。」との判定中「九級一〇号俸を支給した処置を妥当と認める」との部分はこれを取消す。(4)訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記の外、原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(甲)  控訴代理人の陳述

一、控訴人が昭和二八年一一月一六日附再審請求書(甲第五号証)によつてなした再審の請求がさきに昭和二七年七月二五日附申請書(乙第一号証の三)によつて救済を請求した場合と同様に、不利益処分に関する審査の請求であることは、右再審請求書第四項「再審を請求する事由」の欄に、職員の不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二六年八月二〇日鳥取県人事委員会規則第四号)第一四条第一項第一及び第三号による事由である旨記載してあることに徴しても明らかである。仮に、右再審の請求が勤務条件に関する措置の要求に関するものとすれば、これに関しては、当時未だ再審の制度がなかつたのであるから、被控訴委員会においては、右再審の請求が不適法のものであるとして直ちにこれを却下すべきであつたに拘らず、適法のものとしてこれを受理したことは、畢竟、右再審の請求を以て不利益処分に関する審査の請求として取扱つたことに外ならない。被控訴人主張に係る、勤務条件に関する措置の要求に関する規則を改正した上、右再審の請求を受理したというが如きは、法律不遡及の原則に照し、矛盾も甚しい。而かも、被控訴委員会が昭和二八年一二月九日附を以て控訴人に対してなした再審請求却下の判定(甲第六号証)には、右再審の請求を却下するに至つた理由を全く掲げていないのである。

二、抑も、控訴人が昭和二七年七月二五日附申請書(乙第一号証の三)によつて救済を請求した際、その審査の対象となつたのは、鳥取県教育委員会が鳥取県地方労働委員会との間に取交した昭和二六年六月二三日附第二覚書(甲第三号証の二)第一、二項による約定に基く義務があることを是認しながらこれが履行をなさなかつた不作為による不利益処分である。元来、控訴人は被控訴委員会に対し、鳥取県教育委員会と鳥取県地方労働委員会との間に取交された昭和二六年六月二三日附和解協定書(甲第二号証)及び第一、第二覚書(甲第三号証の一、二)に基き、教諭復帰及びそれに伴う適正給料支給方の件につき救済を請求したのであるが、右教諭復帰の点と給料支給の点とは密接不可分の関係に在るところ、被控訴委員会において審査中、鳥取県教育委員会が教諭復帰の発令をなしたため、給料支給の点のみが切離されることになり、遂に、被控訴委員会は、控訴人の請求を以て勤務条件に関する措置の要求に関するものと速断するに至つたのである。控訴人の右請求が不利益処分に関する審査の請求であることは、右申請書(乙第一号証の三)に、国家公務員法第八九条による申請である旨記載してあることに徴しても明らかであり、又、地方公務員法第四九条にも牴触しない。現に、被控訴人は当審において「唯控訴人が依然講師たる地位に置かれ教諭たる身分を取得するを得なかつたという消極的状況が継続したに止まるのである云々」と主張していることに徴すれば、被控訴人も前記の如き鳥取県教育委員会のなした不利益処分の存在を自認したことに帰着する。

(乙)  被控訴代理人の陳述

控訴人が被控訴委員会に提出した昭和二七年七月二五日附申請書(乙第一号証の三)には「教諭復帰並びにそれに伴う適正給料の支給を要望する」旨の記載があるが、控訴人の右請求は、地方公務員法第四六条所定の給与その他の勤務条件に関し、任命権者たる鳥取県教育委員会によつて、適当なる措置が執られるよう、被控訴委員会に審査、判定を求めたものであつて、即ち、職員の勤務条件に関する措置の要求に関するものであることは、右請求自体に徴して明らかである。よつて、被控訴委員会においては、右請求を以て勤務条件に関する措置の要求に関するものとして受理した上、その旨控訴人その他の関係者に通知したのであるが、控訴人は、その当時何等の異議申立をなさず、本訴の提起後、原審係属当時初めて右請求が不利益処分に関する審査の請求であるかの如く、従前の主張を変更するに至つたに過ぎない。控訴人は、控訴人が被控訴委員会に対して救済を請求した際、その審査の対象となつたのは、鳥取県教育委員会がその義務の履行をなさなかつた不作為による不利益処分である旨主張するけれども、それは唯控訴人が依然講師たる地位に置かれ、教諭たる身分を取得するを得なかつたという消極的状況が継続したに止まるのであつて、本件においては、元来、控訴人の主張するが如き任命権者たる鳥取県教育委員会のなした不利益処分なるものは存しないのである。又、控訴人は、右請求が国家公務員法第八九条による申請であるかの如く主張するけれども、地方公務員たる控訴人に関する事項につき、国家公務員法を適用する余地の全くないことは、言を俟たない。

(丙)  (証拠省略)

理由

控訴人が第一次の請求として取消を求める被控訴委員会のした再審請求却下決定は、控訴人が予備的請求として取消を求める被控訴委員会のした判定に対するものであるから、この判定が抗告訴訟の対象とならない以上、第一次の請求についても訴の利益を欠くこととなるわけである。

そこで、右判定が抗告訴訟の対象となるかどうかについて判断する。

地方公務員に対して勤務条件に関する措置の要求(地方公務員法四六条以下)及び不利益処分に関する審査の請求(同法四九条以下)を認めているのは、その身分が保障されている(同法二七条)からであつて、換言すればこれらの権利は地方公務員に任命されてはじめて取得するものである。したがつて新たに地方公務員に任命された者が、任命前の地位給与に比較して任命後のそれが劣るからといつて前記措置の要求又は審査の請求をすることはできない。地方公務員法はそこまで遡つて身分の保障はしていないからである。

これに対し控訴人は鳥取県教育委員会教育長鶴田憲次と鳥取県地方労働委員会会長田中秀次との間に昭和二六年六月二三日取り交わされた覚書の中に「同年四月一日附を以て控訴人に対し一一級六号俸を支給する」と確約されており、又同日両者の間に成立した和解条項に「昭和二七年四月一日附を以て教諭に復帰せしめ、一一級六号俸を基礎として算定する」とあることに徴しても、前記判定で九級一〇号俸を支給した措置を妥当と認めるとしたことは違法であると主張する。しかし成立に争のない甲第一、四号証当審証人山本茂治の証言と弁論の全趣旨とにより真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二によれば次の事実を認定することができる。

控訴人はもと鳥取県立米子東高等学校教官であつたところ、鳥取県教育委員会が昭和二四年一〇月三一日附を以て、同人を依願退職の形式を採つて事実上強制退職させたものとし、鳥取県地方労働委員会は同年一一月一日に遡り解雇当日と同一の労働条件を以て即時原職に復帰せしめなければならぬとの処分をしたので、右教育委員会は労働委員会を被告として鳥取地方裁判所に右処分取消の訴訟を提起した(昭和二五年(行)第一一号)結果、昭和二六年六月二三日裁判上の和解が成立し、

(一)  被告は上原宇一朗(控訴人)が昭和二四年一〇月三一日附で提出した退職願及びこれに基いて原告がした同人に対する退職処分を承認すること

(二)  原告は昭和二四年一一月二日附で上原宇一朗を米子東高等学校の講師に任命し、爾後講師としての身分を保障すること

(三)  原告は将来この事件を理由として上原宇一朗に対し不利益な取扱をしないこと

となり、その際前記教育長と労働委員会長との間に、

(1)  昭和二六年四月一日附を以て一一級六号俸を支給する

(2)  同年九月一日附を以て、日野高等学校講師として転勤せしめ、九級一〇号俸を支給する

(3)  前記和解条項(二)に基く講師の身分は、一日も早く教諭への身分に復帰せしめるべく処置せられんことを地労委は希望する

との覚書を作成し、この趣旨に則り、控訴人は昭和二七年四月一日附で、鳥取県公立学校教員に任命され、三級に叙せられた上、鳥取県教育委員会より「九級一〇号俸を給し、鳥取県立日野高等学校教諭に補する」と発令された。なお、右給与額は控訴人が退職しなかつたものとして計算した支給額から控訴人が退職により受給することとなつた恩給額を差し引いたものである。

右認定事実によれば、控訴人は昭和二七年四月一日新に鳥取県公立学校教員としての地方公務員の身分を取得すると同時に、鳥取県教育委員会から日野高等学校教諭に補職されてこれに伴う給与を受けるにいたつたものであつて、その額は前記の如く鳥取県教育長と鳥取県地方労働委員会長との間に覚書が取りかわされていたからといつて、これに協定された給与額を控訴人が受ける権利を取得するわけではなく、その額は教育委員会が一方的に定め得るものと解するのを相当とする(教育公務員特例法二五条の五参照)。されば控訴人は現実の支給額が右覚書に定められた額よりも少いからといつて権利を害されたものということはできず、したがつてこれに対し地方公務員法に基く前記勤務条件に関する措置の要求又は不利益処分に関する審査の請求をなし得ないものというべきである。したがつてこれに対し被控訴委員会が判定をしたとしても、控訴人の権利を侵害した処分があつたということはできないから、これが取消を請求することはできないものといわねばならない。

よつて本訴はその余の判断をなすまでもなく不適法として却下を免れないから、これと結論を同じくする原判決は結局相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 組原政男 竹島義郎)

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